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最初は気軽に

”C・G・ユングはウィルヘルム/ベインズ訳『易経』の序文を書くにあたって、まずは易占にお伺いを立てたという。
魔女という素朴な言葉が持つパワーを理解しようというなら、ここはユングと同じ気持ちになって、読者自らがあれこれ言わずに輪の中に入るのが一番であろう。
ま、できれば満月の夜に、公園か林間地あたりでやってみるのがよろしい。クラフト関係の書物にあれこれ道具類が紹介されているが、そんなものは必要ない。特定の着衣あるいは脱衣も必要ない。
とりあえず、子供の頃に読んだ神話のなかから好きだった神や女神を思い出し、その神名をつなぎあわせて呪文を作成する。大地や月や星をあらわす名前を連結して、マントラのように反復詠唱しやすいものにするのである。
そうすればおそらく、好きな神々の名前を唱えているうちに、月が少し近づくように思われるであろう。突如、葉をゆらす風が自分の呼吸をシンクロしていることに気づくであろう。(月神降臨/改行・下線は私が行いました)”

ユングというと占星術のイメージが強いの易もやってたんだ、へー、という思いもありますがそれはそれとして(笑)

道具は必要ないし、好きな神や女神の名を思い出して呪文を作り、反復詠唱をしましょう、という「いざない」は、時に誤解を産むでしょうし、反発を示す人もいるでしょう。

『月神降臨』のこの一節は、魔女としての「入り口」は、これくらい気軽なものであっても良いということを言っているのだと思います。
魔女として道を歩んでゆこうとする課程の中で「女神とは、男神とは、魔女であるということは」という事は何度も何度も考えることになるでしょう。

個人的には「なんでもあり」なのは好きではありません。
道具も揃えたほうが良いと思っていますし、SNSに祭壇の写真を掲載するのには違和感を覚えますし、どんな神様もまぜこぜにするのは微妙な感じもするのですけれど、それでも「入り口」は気軽でも良いのかなあ、なんて思います。
最初は気軽に、少しずつちゃんとしていく、みたいな。

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